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浦和地方裁判所 昭和55年(行ウ)5号 決定

原告

中島秀明

外八八名

右原告ら訴訟代理人

宮沢洋夫

須賀貴

外二名

被告

運輸大臣

塩川正十郎

右指定代理人

瀬戸正義

外七名

主文

被告の移送申立を却下する。

理由

一原告らの請求の趣旨は、「一 被告が、昭和五五年一月二五日付で訴外日本国有鉄道に対してなした東北新幹線、東京都・盛岡市間工事実施計画の変更に関する認可処分は、これを取り消す。二 被告が、右同日付で訴外日本鉄道建設公団に対してなした上越新幹線、東京都・新潟市間工事実施計画の変更に関する認可処分は、これを取り消す。三 訴訟費用は、被告の負担とする。」というのであり、その請求原因の要旨は、次のとおりである。「一 被告は、いずれも昭和四六年一〇月一四日、日本国有鉄道に対し、東京都・盛岡市間の東北新幹線鉄道路線建設工事実施計画を、日本鉄道建設公団に対し、東京都・新潟市間の上越新幹線鉄道路線建設工事実施計画を、それぞれ認可したが、右各工事実施計画のもとでは、右両新幹線鉄道(以下「本件新幹線鉄道」という。)の建設路線は、原告らが居住する戸田市、浦和市、与野市においては、地下方式によつて建設されるという計画であつた。ところが、被告は、昭和五五年一月二五日、日本国有鉄道及び日本鉄道建設公団が作成した右地域における本件新幹線鉄道路線を地下方式から高架方式に変更する旨の工事実施計画を認可(以下「本件認可」という。)した。そして、大宮・盛岡、大宮・新潟、及び上野・赤羽の各市間では、目下、本件新幹線鉄道路線建設の用地買収及び工事が進められ、残る赤羽・大宮間でも、用地買収交渉が始められている。二 しかし、原告ら沿線住民は、本件認可に基づき建設される新幹線鉄道がもたらす公害によつて、その生活と健康並びに沿線の環境を著しく破壊される。ところが、被告は、本件新幹線鉄道が原告ら地域住民に与える影響を詳細に調査して沿線住民らの被害を防止するための総合的措置を検討するとともに、それを原告らに説明し、かつ原告らの意見を十分に聴取すべき義務があるのにかかわらず、これを怠り、ただ単に形式的な手続を押し進めただけで本件新幹線鉄道路線の工事実施計画を認可した。よつて、本件認可には手続及び内容の両面において明白かつ重大な違法が存することが明らかであるから、原告らは本件認可処分の取消を求める。」

更に、原告らは、本件訴訟の土地管轄が、浦和地方裁判所にあるとして、次のとおり主張する。「全国新幹線鉄道整備法によれば、本件認可処分によつて、直接、あるいは少なくとも本件認可処分を前提として、付随的に、日本国有鉄道及び日本鉄道建設公団は、『他人の土地の立入り又は一時使用』が可能となり(同法一二条)、被告は、必要と認めるとき、新幹線鉄道路線の建設に必要な一定の土地について、一定の行為を制限するための『行為制限区域の指定』をすることができる(同法一〇条、一一条)こととなる。仮に、右の『他人の土地の立入り又は一時使用』及び『行為制限区域の指定』が本件認可の効果でないにしても、本件認可が、日本国有鉄道及び日本鉄道建設公団に対し、変更された工事実施計画に基づき本件新幹線鉄道路線の建設工事を実施していく権限を付与していることは明らかである。そうすると、右の『他人の土地の立入り又は一時使用』及び『行為制限区域の指定』あるいは右工事実施権限の付与が行政事件訴訟法一二条二項の『不動産又は特定の場所に係る処分』に該当することは、明らかであるから、本件訴訟は、本件認可に関する不動産所在地又は特定の場所を管轄する浦和地方裁判所の管轄に属する。」

二被告は、「本件を東京地方裁判所に移送する」旨申し立て、その理由の要旨は、「行政事件訴訟法一二条二項にいう『不動産又は特定の場所に係る処分』とは、ただ、不動産又は特定の場所に関係のある処分というが如き無限定な概念ではなく、その行政目的が不動産又は特定の場所と直接結び付けられている処分をいうものであるところ、全国新幹線鉄道整備法一一条一項の『行為制限区域の指定』は、同法一〇条による被告の指定によつて生じる効果であり、又同法一二条の『他人の土地の立入り又は一時使用』は、同法が日本国有鉄道もしくは日本鉄道建設公団又はその委任を受けた者に対し、独自に与えた権限であつて、いずれも本件認可によつて生じる効果ではないし、本件認可は、日本国有鉄道及び日本鉄道建設公団が作成した本件新幹線鉄道路線の建設に関する基本的、根幹的事項について定めた建設工事実施計画を承認したにすぎない(最高裁判所昭和五三年一二月八日判決)のであつて、被告が、日本国有鉄道及び日本鉄道建設公団に対し、何らの権限も付与する性質を有するものではないから、講学上の行政行為としての認可に当らない。したがつて、本件認可は、行政事件訴訟法一二条二項の『不動産又は特定の場所に係る処分』ではないから、本件は、同条一項により、被告の所在地を管轄する東京地方裁判所のみの管轄に属する。」というにある。

三そこで、本件訴訟が浦和地方裁判所の管轄に属するか否かにつき検討する。

1  行政庁を被告とする取消訴訟は、その行政庁の所在地を管轄する裁判所へ提訴するのが原則である(行政事件訴訟法一二条一項)。したがつて、本件訴訟が当裁判所の土地管轄にも属するか否かは、専ら、本件認可が、行政事件訴訟法一二条二項の「不動産又は特定の場所に係る処分」に当るか否かによるものと解される。

行政事件訴訟法一二条二項は、右の処分の例として「士地の収用」、「土地の収用に係る処分」、「鉱業権の設定に係る処分」を明示しているところからみると、「不動産に係る処分」とは、不動産に関する権利の設定、変更や権利行使の制限禁止等を目的とする処分を、「特定の場所に係る処分」とは、特定の場所において一定の行為をする権利や利益を付与したり、これを制限、禁止する等の処分を指すとともに、右の効果は、当該取消訴訟の対象となつている処分から直接発生するものでなければならないと解するのが相当である。

ところで、本件訴訟は、日本国有鉄道及び日本鉄道建設公団に対する本件認可によつて、本件各新幹線鉄道路線の建設が具体的に開始され、その結果右鉄道路線沿線住民となる原告が、新幹線鉄道のもたらす環境破壊及び公害等によつて、原告らの権利が侵害されるので、本件認可の取消を求める利益があると主張して提起したものであるから、本件訴訟の基本となる具体的、実質的対象は結局名宛人である日本国有鉄道及び日本鉄道建設公団に対してなされた被告の本件認可であると解される。したがつて、右行政行為の名宛人でない原告らが提起した本件取消訴訟について、行政事件訴訟法第一二条第二項に基づく管轄が肯定されるためには、必ずしも本件認可が名宛人である日本国有鉄道及び日本鉄道建設公団に対する関係において「不動産又は特定の場所に係る処分」であるのみならず、非名宛人である当事者たる原告らに対する関係においても「不動産又は特定の場所に係る処分」であることが肯定されねばならないとまで考える必要はなく、前者またはそのいずれかについてこれが肯定されれば右管轄が肯定されてよいものと解される。

そこで、この点を検討するに、全国新幹線鉄道整備法、同法施行令及び同法施行規則によれば本件認可が日本国有鉄道及び日本鉄道建設公団に対し、既に認可された工事方式の一部を変更した建設工事実施計画に基いて具体的に鉄道建設工事を実施して行く一種の具体的権限を付与する効果を伴うものであることが肯認されるところ、これが、講学上の行政行為としての認可に当るかどうかについては、右認可は、被告の指示にもとづいて、新幹線鉄道の建設に当る日本国有鉄道または日本鉄道建設公団が工事実施に当り作成した工事実施計画の整備計画との整合性その他当該建設線の建設に関する運輸大臣の方針との適合性等について監督官庁としての運輸大臣が審査のうえなす「承認」、いわば下級行政機関に対する上級行政機関の監督行為としての行政機関相互間の内部的行為と同視すべき行政行為である「承認」にすぎないとする見解のあることは被告引用の最高裁判所昭和五三年一二月八日言渡判決等によつてうかがわれる。しかし、他方日本国有鉄道及び日本鉄道建設公団の法的地位一般、更にこれと国の行政機関との関係など法律上の性質は講学上未だ十分論ぜられておらず、未確定なものであり、日本国有鉄道法及び日本鉄道建設公団法の規定自体からの論定も必ずしも明確でないとし、むしろ、日本国有鉄道及び日本鉄道建設公団の法主体としての独立性(または、行政主体としての性格を持つか否かにかかわらず)、右認可が運輸大臣の日本国有鉄道及び日本鉄道建設公団に対する意思表示であり、これによつて日本国有鉄道及び日本鉄道建設公団は具体的な鉄道建設工事を進めてゆくことができるなどの理由から、右認可が行政組織の内部問題ではなく、具体的処分であり、講学上の行政行為としての認可に当るとする見解もみられるところであつて、この点についは、その法的性質が前者のようなものとして、判例、学説において確定されているとは直ちにいい難い。

したがつて、できるだけ一義的に決するのが望ましい管轄の有無の判断としての「不動産又は特定の場所に係る処分」に当るかどうかの判断としては、必ずしも厳密に本件認可の法的性格を、職権により調査して論定しなければならないものではなく(これに適する資料の提出もない)、本件記録及び当裁判所に顕著な資料に基づき相当な調査の結果によつて決することができると解するところ、右調査の結果によつては、国と法主体を別にする日本国有鉄道及び日本鉄道建設公団に対する前記のような一種の具体的権限付与の効果を伴う意思表示の外形を有する本件認可が講学上の行政行為としての認可に当らないとは未だ直ちに結論し得ず、その意味において、本件認可は一応右講学上の行政行為としての認可に当ると解するのが相当である。

2  それならば、これを前提とした場合、本件認可(処分)が「不動産又は特定の場所に係る」ものであるかどうかについて検討する。

全国新幹線鉄道整備法、同法施行令及び同法施行規則によれば、新幹線鉄道路線の建設工事が実施されるためには、基本的には、次の手続が履践されることになつている。すなわち、まず、被告が鉄道建設審議会の諮問を経て、建設するべき新幹線鉄道の路線名、起点及び主要な経過地等を定めた基本計画を決定するとともにこれを公示し(法五条、施行令一条)、次いで、鉄道建設審議会の諮問を経て、右基本計画で定められた新幹線鉄道路線の建設に関して走行方式、最高設計速度、建設に要する費用の概算額、建設主体等の事項を含む整備計画を決定した後、日本国有鉄道又は日本鉄道建設公団に対し、右整備計画に基づき、新幹線鉄道の建設を行うように指示する(法七条、八条、施行令三条)。

日本国有鉄道及び日本鉄道建設公団は、右整備計画に基づいて路線名、工事区間、線路の位置、線路延長、停車場の位置、車庫施設、検査修繕施設の位置、工事方法、工事予算、工事の着手及び完了の予定時期等を記載した工事実施計画を作成し、被告の認可を受けたうえ、建設路線の工事を行なうことになる(法九条、施行規則二条)。そして、右の手続は、各般階における計画が変更された場合でも同様である。

右の如き法律上の手続を経て定められる工事実施計画の内容に照らすと、本件認可の(処分)も、日本国有鉄道及び日本鉄道建設公団に対して、工事実施計画に基づき、特定の地域(記録上明らかな戸田市、浦和市及び与野市)に、本件新幹線鉄道路線建設の工事を実施していくことのできる一種の権限を付与する行為(処分)であると解される。

そうすると、本件認可は、行政事件訴訟法一二条二項にいう「不動産又は特定の場所に係る処分」にあたるというべきである。

以上のとおり、本件認可は、日本国有鉄道及び日本鉄道建設公団に対する特定の場所に係る処分であることが肯定される以上前記のとおり本件認可が原告らに対する関係で行政事件訴訟法第一二条第二項の処分に当るか否かを判断するまでもなく本件訴訟につき当裁判所が管轄を有することは明らかである。

四よつて被告の移送申立は理由がないのでこれを却下し、主文のとおり決定する。

(渡邊卓哉 野田武明 友田和昭)

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